黒人牙膏

奥さん奥さん!!
黒人牙膏GETです!!

というわけでこんばんは。
会社では私の隣に座るM氏も使っている「黒人牙膏」です。

実はコレ。
ネーミングはともかく、中国製の歯磨き粉です。
私は妻が使っていて知りました。
当初は「中国製・・・爆発して今日も平常運転^q^」と笑うに笑えない代物かな?と思っていたのですが、正直素晴らしい一品です。
数ヶ月前まではGUMやOra2を使っていた私ですが、黒人牙膏を使ってからは他の歯磨き粉は使えなくなりました。
ヨゴレが落ちた感覚や爽快感は「日本のどのメーカーをも圧倒」しています。
もう、黒人牙膏なしでは生きられなくなりました。
中国では高級歯磨き粉の部類に入るようで、日本円で150円程。
日本との物価の差を考えると高いです。

余談ですが、別メーカーが作っている「白人牙膏」なるバッタもん?もあるようです。
次回、上海に行った時に探そうと思います。

ただ、1つだけ言える事は、ネーミングはもちろん、ズバ抜けた爽快感は「知覚過敏が多い一般日本人」には受け入れられないかもしれませんね。

メイドインチャイナ。
意外と侮れません。

新しい船出

まもなく8月9日。
長崎人の私にとっては被爆地生まれという事もあって特別な想いがあります。
ひい爺ちゃんも原爆で亡くなったわけで。
ただ、大切な事ではありますが「過去に捕らわれ過ぎる長崎の風習」にも違和感を覚える節があります。
世代も変わったわけですから、もっと将来を見ても良いのではないかと思います。

さて、
知っている人は知っていますが、私の妻は年下の上海人。
日本で言う「お嬢様」です。
ネイティブ並の日本語も扱えるトライリンガルで、世界を飛び回る実力派。
自力で日本の永住権まで取得するほどの日本好きでもあります。
出会った当時は疑う余地もなく日本人だと思っていたわけで・・・
後に上海人だと知ってビックリしたわけですよ(汗)

そんな娘さんと結婚してしまった事で、私の人生が大きく変わりました。
私自身が付いていけないほどのスピードで。
帰る家も両国にあるという「は、はぃ?」みたいな状態。
妻のご両親が「結婚したから上海にも家がいるでしょ」みたいなノリで事が進んでいたわけです。
8月11日に飛行機に乗って見に行きますけどね・・・

一方、私の両親の反応はと言うと、
「あんたは独特の世界観を持ってるから普通の結婚はそもそも諦めてた。国際結婚すると言われた時も、期待を裏切らない面白い息子だと思った程度。凄い娘さんを捕まえたという意味では驚いたけどね」と言われる始末で。

そんなこんなで波乱続きの新婚生活が始まったわけですが、今後も生温かく見守って頂けると幸いです。

今日の曲はコレ。
上海での結婚式で私が歌う曲です(上海での結婚式は10月です)
妻の指導もあって(自宅留学)、ネイティブ並な発音で歌えるようになりました。
個人的にはMVの女性の台詞「你會記得我嗎? 會記很久嗎?」がグッとくる。

童話 / 光良

国際結婚から1ヶ月

国際結婚をしてから1ヶ月が過ぎました。
改めて「俺、結婚したんだなぁ~」と思う今日この頃です。

スポーツカーが大好きでコンピューターなお仕事の私。
モテる要素が全く無い私が結婚したんですから。
しかも国際結婚。

前回の日記は結婚報告のみなので、ココで妻との出会いから現在に至るまでを書いてみようと思います。

妻とは単なる顔見知りでしかありませんでした。
顔見知りですから手を繋ぐなんて事も一切ありません。
妻は出会った当時の事を振り返ると、「イケメンではないけど人間的に悪くない」とは思ってくれていたようです(笑)
一方、私は「外国人かよ!スゲー!日本人より日本語うまっ!」とだけ思っていました(笑)

2011年の冬。
神戸の海で妻と出会いました。
色々あって妻の方からお付き合いを言われましたが、「俺とは住む世界が違い過ぎる。俺とお嬢様では釣り合わない。」という理由でお断りしました。
とりあえず、これが「お友達」としてのスタートではありました。
という前振りをしておきます(笑)

2012年2月上旬。
私が過去に例を見ないほどの風邪で体調を壊し、動く事も喋る事も困難になりました。
その時、真っ先に駆けつけてくれたのが彼女(妻)でした。
頼みもしないのに飲み物や食料、お薬を買ってきてくれたのです。
さらに、寝ずの看病と病院への付き添いも。
私の中で「結婚するならこの人が良い」と感じ、意識朦朧とする中で「俺と結婚してくれないか」と呟きました。
彼女は「何言ってんの。身体治してから言いなさい。」と一蹴。
身体が完全回復した後、初めて結婚を前提にお付き合いする事となりました。
「浮気したら刺すからね」と言われつつ(苦笑)

2012年2月中旬。
彼女が突然、仕事の都合で東京へ行くことに(4月から)
引き止めたい気持ちは言うまでもありませんでしたが、「私、日本と本国を繋ぐ仕事をするために日本へやってきた。その夢がやっと叶う。だから行かせてほしい。」と先に言われたわけです。
東京行きが決定した事を受けて、両家の間で「結婚」の段取りが急ピッチで進められました。

2012年4月1日午前8時25分。
阪急三国駅で彼女と離れ離れになりました。
6月に結婚する事を約束して。
後日気付いたのですが、私の愛車に彼女の落書きがありました。

2012年4月2日以降、何事も無かったかのように私は大阪で、彼女は東京⇔上海・青島・杭州・北京・釜山などで仕事をしていました。

5月25日。
彼女のご両親が日本へ初来日。
目的はもちろん私との結婚式へ参列するため。
ご両親は彼女と共に東京観光をして日本を満喫していました。

6月1日。
私は夕方に神戸発のスカイマークに乗って長崎へ。
久しぶりに両親と再会し、独身最後の酒を酌み交わしました。

6月2日。
1日遅れて彼女とご両親が長崎へ(羽田発)
長崎空港で初めて両家が顔合わせをしました。
長崎市内到着早々、四海楼でちゃんぽんを食べ、グラバー園を観光。
ご両親と言葉は通じませんが、彼女の通訳で意思疎通はできました。

6月3日。
朝9時、長崎市役所で婚姻届と大使館発行の書類(妻の翻訳付)を提出。
休日であるため守衛室への提出となりました。
ココで初めて「彼女から妻」へ変わりました。
義父は私と妻の手を取り、「二人力を合わせて頑張れ」と言いました。
妻が大粒の涙を流した事が印象的でした。
そして、結婚指輪が二人の左薬指に。
夜は一族揃って「飲めや歌えやの大宴会」でした(笑)

6月4日。
義父が「海釣り」をしたいと言うので連れて行きました。
義父にとっては初めての海釣り(上海ではできないらしい)
長崎の海に感動していました。
そして、紳士なフリをしながらも鯖を50匹以上も釣り上げてニヤけ顔。
これがキッカケで、長崎滞在中に空き時間が出来た時、必ず釣りに行っていました(笑)
#釣れ過ぎて毎日鯖でした・・・

6月6日。
ガーデンテラス長崎で結婚式をしました。
妻はウエディングドレスは普通に着こなしていましたが、和服姿は新鮮でした(笑)
その夜は妻とスイートルームに宿泊(なぜかご両親も隣のスイートルームに宿泊)
贅沢な時間を過ごしました。
#実は10月に妻の本国で盛大な式を行なうため日本は地味にしました。
#日本はブライダルというだけで価格がおかしいし・・・
結婚式後、再び離れ離れの生活に戻りました。

7月6日。
ちょうど1ヶ月ぶりに妻と再会。
妻と共に埼玉にいる親戚に会いに行ったり、区役所へ妻の名を登録に行ったりしていました。
妻は独身時代に日本の永住権を取得しているため、日本国籍を必要としません。
しかし、日本人と結婚した以上は日本名が必要という事で、「Takayanagi」を名乗れるようにしてきたわけです。
妻の外国人登録書と、婚姻の事実を証明する戸籍謄本を見せるだけでアッサリ完了。

7月14日。
つまり、この日記を書いている現在。
妻は東京、私は大阪という、いつも通りの生活を送っています。
これから先、この離れ離れの生活を改善すべく1つの決断をしています。
生まれてくる子供の事を考えると、夫婦別居状態は最悪でしかありません。
10月に行なう2度目の結婚式までには改善する必要があるのです。

国際結婚。
文化の違いはありますが、結局は個人と個人。
日本人同士とあまり変わりません。
お互いを尊重すれば何とかなるものです。
見た目と遺伝子が少し違うだけで同じ人間ですから。

私が国際結婚を通じて「良かった」と感じる事は、グローバルな視野で物事を考えるようになった事や、自宅にいながら妻に外国語を教えてもらえる事。
3ヶ国語を華麗に操る妻だけに、私が妻から吸収できる(したい)事は生涯尽きないでしょう。

結婚しました。

お久しぶりです。
6月上旬、私はとうとう結婚しました。
国際結婚です。
この私が上海人と結婚したわけです。
驚きのスピード婚であり電撃婚でした。
とは言え、両家共に祝福される結婚となった事に感謝しています。

知る人ぞ知っていますが、妻は只者ではありません。
日本語も完璧で、仕事も世界を舞台に活躍するお嬢様。
ご令嬢と言うべきか。
妻の仕事の関係者からは「こんな素晴らしい女性と結婚出来るなんて幸せな事だよ」とお墨付きを頂くほど。
#でも日本の心をわかってないという意見も聞かれました(そりゃそうだw)

残念ながら仕事の舞台も年収も、全てにおいて生涯追いつく気がしない。
それでも妻は私に声を掛け、そして私を旦那にすると決めた。
自他共に認める逆玉の輿婚となりましたが、妻にとっては「そんな小さな事」「大船に乗ったつもりでついてこい!」と言うので、あまり気にせず頑張って行こうと思います。

そんな34歳の初夏。

新年、明けましておめでとうございます。


135 / 我愛你 ’97

以前にも紹介したかもしれませんが、新年はこの曲からスタートします。

さて、
あけましておめでとうございます。
2012年ですね。
皆様、今年もよろしくお願い致します。

今年は私にとって変化の年にしたいと思っています。
仕事もプライベートも。
決めた目標へ向かって歩むという、基本姿勢を貫きたいと思っています。

目標は大きく5つあるのですがブログでは書きません。
私の胸の中に秘めておきます(笑)
だって、このブログを見ている人は私に近い所にいる人ばかりだから(^^;
ヒントとして、5つの内3つは勉学、1つは自分自身の改造です。

今年は飛躍します。
意地でも。

救急車と入院、そして療養へ


T-ara & Super Nova / TTL

韓流は嫌いな私ですが、この曲だけは懐かしさを感じます。
昔の邦楽に共通するリズムだからか。
スローテンポならテレサ・テンが歌ってそうなイメージ?
・・・
・・

さて、(笑)
やっちゃいまいた。
救急車で運ばれました(苦笑)

日記では詳しくは書きませんが、自宅玄関で倒れこみ・・・
背中に恐ろしいほどの激痛が走り、全く動けなくなったんです。
成す術もなく、ポケットに入れていたiPhoneから救急車を呼びました。
初めての救急車なので色んな装置を見たいところですが、
そのような余裕もなくタンカに乗せられて・・・

なかなか受け入れてくれる救急病院が見つからず、
やっと見つかった病院は自宅から遠く離れた福島区にある手島病院。
http://www.teshima-kai.jp/

この日記を書いている現在、既に退院はしていますが本調子ではありません。
やっと普通に歩けるようになりましたが、激痛が走るのでぎこちない。
一応、今週頭に復帰してみましたが、まだ業務をするには程遠く?出社停止を食らいました(笑)
復帰は来週かな・・・
ただでさえ人数が少ないのに本当にすみません。

そして、救急隊員のみなさんありがとうございました!!
手島病院のI医師、そして私を担当した看護婦さん(名前不明)、本当にありがとう。
口では恥ずかしいので言えませんが、感謝の気持ちで一杯です。
少しずつではありますが、毎日着実に元気になっています。

旅の続き、いざ法隆寺へ。

昨日、11月19日。
私は法隆寺にいました(20年ぶりっす)
えぇ、また奈良です(笑)
どしゃぶりの雨の中、友人に借りたレガシーB4で向かったわけです。
運良く?秘宝展もやっていたので拝観してきました。

私は聖徳太子に関して詳しくはありませんが、法隆寺を見て1つだけ思った事がありました。
「聖徳太子本人の物品がない」と。
帰宅してgoogle先生に聞いてみましたが・・・
何やら聖徳太子は実在していないのではないかという論争があるようです。
ちょっと納得。
#論争については専門家で頑張ってください^q^

さて、
次回の休日はどこへ行こうかな。
土日を使って気軽に行ける所は全て網羅したい勢いの今日この頃です。

耐久レース参戦!


2011/11/05 練習会
2011/11/13 耐久レース

とうとうUPしちゃいました(^^;;
後半まで5位を走行していましたが、クラッシュにより7位に転落。
でも、遅いマシンかつ初参戦でこの成績は優秀。
今度は速いマシンで上位を狙います。
頑張って腕を磨きます^q^

俺らならいけそうな気がするっ!!

耐久レース

最近、仕事もプライベートも多忙。
充実感満載です。
ただ、ちょっと疲れが溜まってきています。
特にプライベートはモータースポーツと旅で完全に潰れています。

11月5日。
私は某サーキットを走っていました。
大雨の中、会社の役員+社員と古くからの車仲間と共に、全身びしょ濡れになりながら走っていたわけです。
全員服を着たまま海に飛び込んだような状態です(笑)
着替えを持ってきていたので、帰りはパ〇ツも何もかも交換しましたさ・・・

そして明日11月13日。
耐久レースの日です。
ウチらは4人1組で参戦します。
さぁ、どこまでやれるか!!
#レースの模様はDVDになります(笑)

旅の続き

先週、RX-7で下鴨神社へ行ったわけですが、
偶然にも皇太子さまが乗った車と遭遇(雅子さまは不在だった)
初めて見るお姿に呆然としつつも、自然に手を振っている私がいました。
そして、200年ぶり(だったかな?)に復活したと言われる申餅を茶屋で頂き、大自然を満喫しました。

次に、
昨日(11月3日)は奈良県の東大寺へ行ってきました。
20年ぶりの大仏さんです。
そして、布袋さんが東大寺ライブで演奏した位置に立ち、「こんな風に観客が見えていたんだ」なんて思いました。

布袋寅泰 – DANCING WITH THE MOONLIGHIT

閉門時間ギリギリに到着したため、時間を掛けた散策はできませんでしたが、とてもとても楽しめました。
今度は時間を掛けて出かけたいと思います。


旅は本当に楽しい。
身近なところから次々と旅したいと思います。
自分探しの旅と言ったところでしょうか。