日中国際結婚の手続き(まとめ)

今更ですが、日中国際結婚の手続きについて、私が体験した事を残しておきます。
正直な話、ネットの情報で必要な物はわかっていても、その内容が不十分で困る事が多々ありました。
そのため、私自身が体験した事を出来る限る詳細に書きたいと思います。

【結婚手続き】
新郎が必要なものは下記でした。
・婚姻届
・戸籍謄本(ただし、本籍地で入籍する場合は不要)

新婦が必要なものは下記でした。
・中国大使館発行の婚姻要件具備書と日本語訳(パソコンでA4用紙に書く程度)
・パスポート
・外国人登録書(日本の運転免許証でもOKだった)

【注意点】
私が迷った点(書き方)について書いてみます。
正解かわかりませんが、これで受理されて夫婦になりました。
・婚姻届の妻になる人のよみかたには「中国語読み」を記入
・婚姻届の妻になる人の本籍欄には「中華人民共和国」と記入
・婚姻届の婚姻後の夫婦の氏の欄は「チェックしない」(国際結婚の場合)
・婚姻届の新しい本籍は必ず記入(私は本籍地を記入した)
・婚姻受理証明書の代理人申請は不可(私は自分で申請したのでOK)
・妻の日本での通称名登録は、妻の現住所の役所のみ可能(私の本籍地では無理だった)

【予想外の出来事】
・婚姻届の両親の名を書く欄で、妻の父親の名前が日本に存在しない漢字であったため、コンピューター登録できないとう事態に陥りました。
役所の問題ではありますが、代替の漢字でも問題ないとの事なので参考までに。
この代替の漢字登録は婚姻届提出時に行ないますが、私の場合は休日に提出したため、後日修正の電話があり、再度出向く事になりました。
婚姻日に影響ありません。

・土日に婚姻届を提出する場合、警備員に提出する事となったわけですが、国際結婚について理解していない年配の方でした(話がかみ合わなかった)
そのため、提出後は翌営業日は予備日として空けておくのが吉。
私の場合は15:00頃の買い物中に電話があり、妻を百貨店に残して駆けつける事となりました(滝汗)

ココまでで日本国内の婚姻手続きは完了となります。

次に、
ネット上の情報では「両国で手続きが必要」との情報が多数ありますが、義父が上海の役所に確認した所、「日本で婚姻した場合、上海での婚姻手続きはいらない」との事でした。
妻が日本にある中国大使館で婚姻要件具備書を取得する際、「人生で一度しか発行できない」という規則や、「誰と結婚するのか」を書いて提出するため、大使館を通じて中国側にも結婚の事実が通知されるから(らしい)
ただし、これは妻が日本在住だからこその結果?であり、中国在住の方と結婚する場合は違うかもしれません。

以上、これから縁あって中国人と結婚するカップルの参考になれば幸いです。
自分で手続きするのは大変だけど、日本人同士とは違って「紙切れ一枚出せば終わりではない」からこそ、夫婦になる重みを身体で感じる事が出来ます。

2月27日の日記

妻が上海へ飛び立って4日が経過しました。
もちろん仕事です。
私は渡航せずに自分がやるべき事をしています。

こうやって1人でいると、独身時代となんら変わらない日常になります。
結婚後「何か変わったか?」と良く聞かれますが、今でも特に変化はありません。
ネイティブ並の日本語を扱う妻だけに「外国人と結婚した」という意識もありません。
夫婦生活においてはお付き合いしていた頃と全く変わりません。
普通に仲良しだと思います。

ただ、周りが変わりました。
妻のご両親は私に子供を作れと急かします。
私の両親は物凄く妻を溺愛しています。
これは私にとっては意外な事でもありました。
日本人同士であれば、妻のご両親から「早く子供を作れ」なんて言われないでしょうし、少なからず「嫁姑問題」も発生するでしょう。
しかし、お互いの両親だけでなく親戚全員を含めて円満なのです。

妻に出会って14ヶ月、結婚して9ヶ月、一緒に暮らし始めて5ヶ月が経過しました。
今後も家庭を大切にしながら頑張って行こうと思います。

ドメインの更新

本日は2月14日のバレンタイン。
takayanagi.tkドメインの有効期限でもありました。
っというわけで、2年更新しました。

さて、とにかく色々頑張らないと。

そんな今日はこの曲を聴いていました。
妻がノリノリで「チェンジワイパー♪ 雨が弾け飛ぶ♪」なんて歌っています(笑)

villagepeople / In the Navy


ガラコワイパーCM

第3新東京市へ行ってきました(箱根)

2013年2月3日、
妻の誕生日祝として「第3新東京市(箱根)」へ行ってきました。
夫婦になって初めての二人旅。
2012年6月の入籍以来、旦那らしい事は何もしてあげられなかった罪滅ぼしの気持ちもありました。
行き先は箱根湯本駅付近にある温泉旅館。
客室に源泉掛け流しの露天風呂があるお部屋でした。

朝8時に家を出て、最初に向かった先は箱根ガラスの森美術館。
オシャレな建物の中に100年以上前のガラス細工がたくさん展示されていました。
私は妻と共にグラスに絵を彫る体験もし、夜に自作のグラスで地酒を飲む贅沢な時間を過ごす事となります。
garasunomori

旅館にチェックイン後、湯本駅周辺の温泉街をお散歩しました。
サスペンスドラマに出てきそうな風景がそこにはありました。
妻は「箱根温泉湯けむりに消えた美女 花瓶に残された血痕の謎」などとサスペンスドラマのタイトルを考えていました(笑)
yumoto

その夜、旅館の夕食を終えて露天風呂に入って就寝しました。

翌日、芦ノ湖で海賊船に乗りました。
本来は「海賊船→ロープウェイ」の順番で往復する予定でしたが、生憎の雨で欠航の可能性があるとの事で、海賊船の往復チケットのみを購入。
また、桃源台から戻る時に「食事は車庫に戻ってからにしよう」という私の判断が的中。
欠航ギリギリの船で駐車場へ戻る事ができました。
kaizokusen

お腹を空かせた私達は、そのまま湯本駅付近まで下山。
標高の関係なのか、海抜300m付近まで下山すると青空が広がってきました。
そして大きな虹が出迎えてくれました。
妻は「初めて虹を見た!本当に存在するんだ!」と大はしゃぎ(笑)
上海で虹は出ないそうで・・・
nizi

そして、運転中に見つけたお寿司屋さんでご飯を食べて帰宅しました。

今年はもう二人で旅行できないかもしれません。
子供を望んでいるため「二人」自体がなくなるかもしれません。
そんな想いを胸に、2013年は新たなスタートを切るべく精進します。

新婚生活

妻と一緒に暮らし始めて3ヶ月が経過しました。
結婚生活は至って良好で、妻は私を一所懸命支えてくれています。
私もそんな妻に応えるべく頑張っています。
「これが夫婦ってものなのか」と実感する毎日です。

日本では「男が女を支えるもの」という概念がありますが、上海では「夫婦で支える」という概念があります。
それが非常にありがたい。
また、以前にも書いたかもしれませんが、家族の絆が強い中国人です。
妻の両親も私に最大限の愛情を注いでくれています。
優しくもあり厳しくもあり。
とにかく感謝しています。

国際結婚をするにあたり、色んな方から心配もされましたが大丈夫ですよ。
不思議なほど両家共に円満です。
おそらく、国籍が違うからこそお互いが解り合おうとするからかもしれません。
文化の違いによって発生する「え?」という事もありましたが、それは「中国人だからこそであり日本人だからこそ」です。
「なるほどね」とか「へぇ~そうなんだ」と理解する心の余裕があれば、そんな事も笑い話で終わります。
一方的に「日本は○○だから」と言わないのが円満のコツです(笑)

話は変わりますが、年末年始に実家へ帰省した時の話です。
お墓の話になったわけですが、妻に「死んだらお墓はどうする?やはり上海へ帰りたいかい?」と質問したところ、「takayanagiに嫁いだ以上はtakayanagiとして埋葬されたい」と予想外の答えが返ってきました。
妻は日本の風習を理解していなかったようで、1つの骨壷に一族全員の骨を入れていると思っていたようです。
そのため、「私の頭の上にあなたの足の骨を乗せないでねw」なんて発言もしていました。
また、「みんな揃ったら骨壷をカタカタさせながら会話しよう」という話には両親も大爆笑していましたね。
お墓の話題でもみんなが笑顔になる。
私にとっては良き結婚であったと思った瞬間でもありました。

子供については以前と同様に「早く産みたい」と妻は言っています。
ドタバタしている現在ではありますが、本年度中に子宝に恵まれると嬉しいです。
家庭の事情で男の子が欲しいため、妻は2月から産み分けをしてくれる専門医のところに通院する予定。
どのような結果になっても、遺伝子が遠い夫婦の子供になるので期待が膨らみます。
病気に強い、バイリンガル以上が約束される、日本と中国が母国になる等。
もちろんハーフだからこその悩みもあると思いますが、それを払拭するだけの選択肢が用意されている事をプラスに考えて欲しいです。

そんな今日この頃です。

新年、あけましておめでとうございます。

新年、あけましておめでとうございます。
ご無沙汰しております。
2013年になりましたね。
本年もどうぞよろしくお願い致します。

2012年は私にとって人生の大きな転機となりました。
もちろん結婚が大きな転機。
得たものも失ったものも数知れずなわけですが(苦笑)

2012年-2013年の年越しは長崎の実家にいました。
長期間の滞在でしたが、嫁姑の問題は一切なく、みんなが笑顔で幸せに過ごせた事を嬉しく思います。
一方、私も妻のご両親とは関係も良好で問題ありません。
言葉が通じないからこそかもしれませんが(笑)

では、
上海での結婚式の写真を少しだけUPする事にします。

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王朝大酒店前にて撮影。

outyo2
結婚式場のテーブル。

無事です。

ご無沙汰しております。
前回の日記から1ヶ月が経過してしまいましたね。
まだ落ち着かない日々が続いていますが、無事に生きています。

長期の上海在住生活から一転、日本に戻ってくると違和感を覚えます。
帰国して思うことは「日本は窮屈だ」という現実。
良くも悪くも「治安の良さに繋がっている」のかもしれませんが、私には上海の風が肌に合っているようです。
大阪をさらにディープにした感じというか・・・
また、日本のテレビでは反日デモ(暴徒?テロ?)が過大報道していますが、上海のテレビでは「新内閣が決定」「オスプレイ配備で沖縄住民が反発」という事実しか伝えていませんでした。
多くは語りませんが、デモをしている人間は「底辺」と言われる人たちのみだと思われます。
生粋の上海人は礼儀正しく義理人情がある。
略奪やテロ行為をするような人はいないと、私自身の目で確かめたので間違いありません。

次に、私が日本人であると何度もバレましたが、どこへ行っても普通の対応でした。
有名なところでは「南京路、豫園、人民広場、上海タワー、上海博物館」へ行っても問題なし。
移動については専属運転手による車での移動が多かったのですが、妻の父と行動するときは地下鉄に乗りました。
マンションの最寄駅は新村路駅。
南京路や豫園まで15分程度で行ける場所です。
帰国前の新村路駅で20歳代の女性が「お腹が空いています。肉まんを買いたいので8角ください(8角=10円程度)」と物乞いしてきました(私が日本人だと気付いてはいない)
清潔感のある奇麗な女性であったため、普通の物乞いとは違って女性の身に何かがあったのでしょう。
理由はわかりませんが、「どんなに可哀想な人であっても物乞いにお金を渡してはならない」との忠告を受けていたため、気の毒に思いながらスルーしました。
罪悪感に悩みながらも「それが地球の歩き方なんだ」と割り切った瞬間でもありました。
【新村路駅】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%9D%91%E8%B7%AF%E9%A7%85

とりあえず、無事に帰国したという一報の日記でした。
上海での結婚式も無事に終わっています。

体力的にヘロヘロ

今、日本にいます。
大阪です(笑)
日中関係が悪化していますが、私も妻も元気です。
「政治と個人は別」と思っていても、中国は国として無理ですね(苦笑)
#来週はまたしばらく上海ですが・・・

今、とにかく時間が無いんです。
徹夜しても無理なほど大変。
そんな19日は区役所や税務署へ行ってきました。
・引越し準備
・転居届&転居証明を発行
・実印の印鑑登録抹消
・郵便物の転送届
・電気契約解除
・ガス契約解除
等など・・・

22日までは鬼のような忙しさになりますが、とにかく睡眠時間を削ってギリギリまで頑張ろうと思います。
むしろやるしかない。

今日はこの曲。
Carly Rae Jepsenは最近ヘビロテで聴いています。
ローラ版も悪くはないですね(笑)

Rola(ローラ)/ “Call Me Maybe” from TOKYO

可愛いけど憎いやつ ~感謝~

このブログを見ている一部の人ならご存知かもしれません。
そう。
PFGに置いてあったぬいぐるみです。
私にとっては「可愛いけど憎いやつ」でした(笑)
ところが、縁あって私の家にやってきました。
このぬいぐるみを見るたびにPFGのみなさんの顔を思い出す事でしょう。
何も知らない妻は写真を見せると「やった~!」と大喜び。
今後、この可愛いけど憎いやつはTakayanagi家の一員として一緒に暮らしていきます。

PFGのみなさんから「身体に気をつけて」と激励されましたが、「みんな私より年上だから気をつけるのはPFGのみなさんです」とつい口走ってしまいました。
でも、本心です(笑)

サヨナラは言いません。
私は新しい道を歩む事になって「しまいました」(←ココ重要)が、生きている以上はいつかまた出会う日が来るかもしれませんから。

そして、
私と共にレーシングカートをしていたN氏、SSL関係でお世話になったMAさんとMOさん。
本当にありがとうございました。

その他、ご挨拶したい方々が多数いらっしゃいましたが、気が付けば開発部はPFGだけという状態になっておりましたので、この場を借りてお礼申し上げます。

今日は色々と名残惜しくもあり悲しくもあり、とにかく悩ましい日となりました。

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

何度でも言いたい。

さて、
そんな今日はこの曲で締めくくりたいと思います。
大好きな一曲です。

ELO / Rockaria!

1つの終焉 ~そして旅立ち~

日付も変わって8月31日になりました。

私にとっては1つの大きな転機の日。

本意ではないとは言え、私自信が下した決断。

「ありがとう」

今日はそれしか言葉が思い浮かばないと思います。

感謝の気持ちで一日を過ごす事となるでしょう。

まだ書くには早いかもしれませんが、みなさんありがとうございました。

真谢谢你了!